行き先も見えず、多岐亡羊

おじさんがダラダラ書いている日記的なモノ

穴に落ちた人

 

NHK-BS 【 ダークサイドミステリー 】
ナチスを騙した男 20世紀最大の贋作事件 」

天才贋作師メーヘレン。
1889年オランダ生まれ。ちなみにヒトラーチャップリンと同い年。
写実的絵画で才能を認められ、プロの画家に。しかし、時は20世紀初頭。19世紀半ばに花開いた印象派は表現の多様性を生み出しフォービズムからキュービズムへ。ピカソはメーヘレンの8歳上、モディリアーニは5歳上、藤田嗣治3歳上。写実主義は時代遅れとなっていた。売れない画家のメーヘレンは、古い絵画を修復する仕事に就く。

ある日、友人から一枚の絵の修復を依頼される。17世紀に活躍したオランダ画家ハルスの肖像画。とはいえ、それと判別出来ないほど損傷。研究熱心なメーヘレンは、ハルスのタッチを真似てハルス風に仕上げた。専門家も本物と認めるほどの出来栄え。たちまち高値で売れた。しかし、17世紀オランダ絵画研究の第一人者ブレディウスが再鑑定したことで、贋作だと判明。詐欺の片割れとしてメーヘレンも糾弾されてしまう。

メーヘレンは復讐を誓う。
贋作の恨みは贋作で返すべし。ということで、バレない贋作への挑戦が始まった。一つ目、絵具は50年の月日を経て固まる。新しく描いた絵具はアルコール検査で色が剥がれてしまう。つまり、古い絵画に見せるためには、アルコールで拭いても絵具が剥がれないように固めなければならない。彼は顔料に液体プラスチックを混ぜオーブンで一時間焼くことで、この問題をクリアする。二つ目、17世紀の絵を作るためには、17世紀のキャンバスが必要。しかし、もちろん、20世紀に17世紀のキャンバスは売っていない。そこで、当時に描かれた絵を購入。X線検査のことを考えて、上塗りではなく、元の絵を剥がして使用した。三つ目、古い絵画特有の無数のひび割れの再現。絵を少しずつ曲げて、人工的にひびを作り出した。更に黒いインクを刷り込んで、長い年月による汚れに見せかけた。

技術問題はクリア。次は題材。狙いは国の至宝・フェルメール。謎が多く寡作の画家。現在確認されているのは三十数点。初期の宗教画と後期の風俗画の中間地点、美術界は過渡期のミッシングリンクを探していた。メーヘレンはそこに目を付けた。宗教画と窓から差し込む光。前期と後期の特徴を上手くブレンドした作品。その作品を生み出すまでに、5年の月日を要した。
それは、美術界の権威・ブレディウスが「 そういう作品がどこかにあるはず 」 とまさに望んでいた作品だった。見事に騙された。

復讐を果たし、5億円手に入れたメーヘレン。気分も晴れたし、この先遊んで暮らせる。しかし、彼は贋作作りを止めなかった。
専門家の解説「 贋作作りで、胸にぽっかり穴が開いてしまった。彼は酒・女・麻薬でそれを埋めようとするのですが、埋まらない。絵描きは絵を描くことでしか、その穴を埋められない。 」
酒と麻薬で手は震え、作品はどんどん粗雑になっていく。しかし、一度会得した評価とテクニックが、それを本物と信じさせる。「 作品 」は次々に売れた。稼いだ金額は合わせて64億円。戦時中には、占領地で美術収奪していたナチスが目を付けた。幹部のゲーリングはどうしてもフェルメールが欲しかった。バレたら命の保障はないが、バレなかった。ゲーリングは15億円で購入。金額が足りなかったので、接収していたオランダ絵画200点を代替とした。

1945年5月、ベルリンは陥落し欧州の戦争は終わった。その3週間後、メーヘレンは逮捕された。といっても、贋作がバレた訳では無い。容疑は国家反逆罪。国家の至宝「 フェルメール 」 の絵画をナチスに売った罪。
売国奴として糾弾されるメーヘレン。取調で贋作作りのすべてを告白する。しかし、誰も信じてくれない。一度「 フェルメール 」 だと信じられた作品は、もう評価が覆らない。「 お前にフェルメールを作れる訳がない 」。そこで、メーヘレンは実際に描くことに。専門家立会いの鑑定の結果、メーヘレンの「 フェルメール 」 は贋作であることが証明された。
本来なら非難轟轟。詐欺師が非難されない訳が無い。ところが、英雄と称えられる。理由は、ゲッベルスに偽物を売って、本物のオランダ絵画を取り戻したこと。ナチス憎しの感情に溢れる国民から称賛を浴びた。

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メーヘレンには、卓越した技術力があった。しかし、時代遅れで、社会から必要とされていない。でも、それを活用する禁断の方法を見つけた。金・名誉・復讐、モチベーションは充分。困難なミッションに立ち向かい、見事にそれを成し遂げた。挑戦し勝利し大金を得た。でも、欲求の底無し沼に落ちた。何もかも手に入ったのに、名誉だけは手に入らない。「 メーヘレンの絵はスゴイ 」とは絶対に言われない。
法廷でメーヘレンはこう証言した「 過小評価されてきた自分の能力を、贋作を作ることで正当に認めてもらいたかった。 」 確かに作品は評価されたが、それはメーヘレンに向けられたものではなかった。

彼は詐欺罪で有罪になった。しかし、獄に入ることは無かった。長年の酒と麻薬で体はボロボロ。判決から数週間後、心臓発作で倒れ、そのまま還らぬ人に。享年58歳。
詐欺で大金を掴んだが、社会から罰せれることも無かった。「 うまくやった 」人生。「 人生チョロイぜ 」 と高笑いの一つも出るところ。でも、自滅した。きっと、性悪な人間では無かったのだろう。良心の呵責を酒・麻薬、贋作を描き続けることでしか埋めることが出来なかった。

芸術家が詐欺師になり、売国奴と呼ばれ英雄となる。流転の人生。そして、現在の彼は「 無名 」 だ。誰も知らない。作品がマウリッツハイス美術館に飾られることは無い。彼がゲーリングに売った「 偽フェルメール 」は現在、オランダの田舎にあるフンダーチー美術館で見ることが出来る。額縁には「 メーヘレン 」 の名が付いているとのこと。

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この事件は、価値観の曖昧さを示している。
芸術の価値観に振り回され、人物評価も振り回された。
「 何億で売れたからスゴイ 」 「 著名評論家が称賛したからスゴイ 」。でも、そんなの馬鹿馬鹿しい。昨今では、壁に描かれた風刺画を有難がる風潮がある。確かにあの絵は風刺としては面白い。ただ、新聞の風刺画と何が違うのか分からない。新聞の風刺画が高値で売れた、なんて話は聞いたことが無い。オークションの金額に惑わされている。
明確な投機目的なら金額で芸術を見るのも構わない。貴金属や不動産と同じ感覚。でも、そうでないなら、振り回されない方が良い。「 鑑定団 」 を見ていたら、偽物でも素敵な絵がある。それはそれで良いのではないかと思う。ただ、それに数百万も費やすのは馬鹿馬鹿しいと思うけれど。